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ただの呟きを「クソリプ」に変えられた。 靴師の被害者「対話せずレッテル貼り悲しい」「女性のための靴を開発してる最中だった」#KuToo

 石川優実氏の『#KuToo 靴から考える本気のフェミニズム』が物議を呼んでいる。

書籍の中で「クソリプ」として晒されているツイートの大半が実際にはリプライしていないのに、まるでリプライしているかのように変えられているというのだ。

 

確かにKSL-LIVE!による検証の結果では、書籍に掲載されている「クソリプ」のうち76%が実際にはリプライも引用RTも行っていない石川氏へ関与していないただの呟きだった。

つまりそれを見つけ出した石川氏が最初に返信した形となる。

 

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当サイトでは、リプライも引用RTもしていないが「クソリプ」とされた靴師の@Zin_Ryu氏にインタビューをした。

 

 

――今回ご自身のツイートが「クソリプ」として引用されましたが、それを知った際はどのように思いましたか?

 

@Zin_Ryu氏 前提として、私は地上20-80mの高所作業を伴う工場現場で、仕事靴が合わない特殊な足型なことに命の危機を感じ、仕事場にも自分の足にも合う靴を作ることをきっかけに研鑽し、靴を設計する技術者になっています。

一言で言えば、彼女が対話せずに「クソリプ」とレッテル貼りしたことに悲しくなりました。

足に合う靴を仕事場で誰でも履けるようにすると言う点で、石川さんと一致していると思いましたので。

自分なりに技術の粋を尽くして女性が美しく快適に履けるフォーマル性を持った靴を開発している最中のことでした。

 

――靴師として女性の靴問題に携わっていた最中の出来事だったんですね。対話ということですが、この場で石川氏へ伝えたいことや主張したいことはありますか?

 

@Zin_Ryu氏 本に掲載する前に、対話をしてほしかったです。

私の最初のツイートは彼女に向けたものではなく、一般の方に、より足に優しい靴を仕事場に受け入れさせるために、経営者の立場も尊重して対話をしませんか?という趣旨でした。

 

対話によらない、私の趣旨とは反する解釈をされ、それを「リプ」といういかにも対話したかのような演出で本に掲載され世の中に出版されています。

私はその意味で引用と見なしていませんので、彼女と出版社には訂正を求めたいです。

 

――最後に、今回の引用は改変であり著作権侵害ではないかとも言われていますが、今後訂正などがない場合、法的措置をとる可能性はありますか?

 

@Zin_Ryu氏 法的措置をとる可能性ですか…。彼女と出版社に怒りの感情はないので、なるべくしたくはないのですが、それしか止める手段がない場合は検討せざるを得ません。

私の活動は、靴業界をはじめとする諸業界の方々や、たくさんのお客様の支援のもとに成り立っているので。もはや私の感情だけの問題ではないのです。

 

 

取材に協力していただいた@Zin_Ryu氏にはこの場で感謝申し上げます。

 

 

 まるで自分に数多の「クソリプ」が殺到し、それに負けることなく颯爽と反論している様子を演出するために印象操作を行うことは誠実ではない。

 

もし彼女にとって、@Zin_Ryu氏や他のすべてのツイートが本当に自分に向けられた「クソリプ」のように見え、対話ではなくそれを書籍で晒すことが最善の策だと思えたなら、「敵と味方」で分断されがちなSNS社会、そしてSNS発の運動である#KuTooの一面を体現していると言える。

 

 また、リプライはもちろんハッシュタグもつけず、ただニュース記事(しかも石川氏に直接言及する記事ではなく厚労相の発言についての記事)への感想を呟いただけで、「クソリプ」として晒された@ibaichi10氏は、当サイトの取材に対し、石川氏へ「言葉遣いを誤ると自身を傷つけるだけで、その自傷に気づかないとしたらそれはとても残念な人生だと思います」とコメントした。

 

 

@ibaichi10氏のツイートを書籍に掲載する際には、リプライした時に出るマークを合成し、文章そのものを変えてあたかもニュース記事への感想ではないように見せている。一般的な定義では、そのようなツイートにいきなり絡んでいった石川氏の方こそ「クソリプ」とされかねないが、このように掲載されるとまるで@ibaichi10氏側から「クソリプ」を送ったように誤解してしまう。

 

 

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  @ibaichi10氏がURLを載せ感想を呟いた記事

mainichi.jp

 

 

 

 

今現在も石川氏や出版社はこの「変更」を正当なものであり問題ないとしている。